Frederick C. Beiser, The Genesis of Neo-Kantianism 1796–1880 (Oxford: Oxford University Press, 2014), Ch. 9.7–9.8
7. カント解釈
ランゲの自然主義的なカント解釈は,その方法論にまで及んでいる.これはフリース,ベネケ,ヘルムホルツらの生理学的・心理学的伝統に影響されたものだ.ランゲによれば,感覚器官の生理学とは修正されたカント主義に他ならない.カントの認識論は基本的に人間の生理と心理の経験的探究なのであり,経験の原因を探る一階の疑問を扱うのである.それは現代哲学の一般的傾向であるともランゲは考えていた.
アプリオリなものも物理的・生理的観点から理解される.アプリオリなものは,われわれの生理的・心理的構造における普遍かつ必然的な要素に存在する.もちろん,ミルが批判したように,その中には経験的に獲得されたものもあるだろうが,すべてではない.超越論哲学には,人間本性に内在するものと,慣習や経験に由来するものとを区別するという任務がある.このような自然主義的態度は,一方ではカントからの離反ももたらした.ランゲによれば,アプリオリの概念は,カントの直観と理性の形式を超えて拡張されるべきであり,また,経験の形式だけでなく経験の内容もアプリオリでありうるという.
ランゲはフリース,ベネケ,ヘルムホルツから影響を受けているとはいっても,それとは別に,自身で生理学的・心理学的カント解釈を採用する理由を見出していた.それは,カントの「超越論的」という用語が,物自体について思弁することをゆるしてしまっているのではないか,という疑念だった.だから,そのような超越論的なものを経験の領域に落とし込み,アプリオリなものを経験的探究の対象にしようとしたのである.
ランゲによれば,カント哲学でもっとも曖昧で難しい問題は,カントの方法である.カントは自分の方法についてまとめて論じることをしなかった.ランゲはそのポイントを,経験のアプリオリな条件を発見するためには経験的手法を使うことができ,それを証明するためにはアプリオリな方法を使うということだと見た.だから,ランゲにとって,せっかく自然科学的な思考法を導入したにもかかわらず,結局カントが合理主義的な方法に固執したのは誤りであった.
さて,ランゲが文句なしに生理学的・心理学的カント解釈の伝統に乗るかというと,そうとも言い切れないところがある.『論理学探究』には,経験の超越論的条件や,論理法則の起源について,心理学的解釈をはっきりと拒否しているような箇所があり,リープマンと同様,知識の条件として物自体が不可欠であることを認めているようなのだ.また,超越論的自我はすべての意識にある同一の存在であり,新しい世界への扉を開いてくれるという——ランゲ自身がその扉をくぐることはなかったが.
ランゲがカントの生理学的・心理学的解釈を重視する一方で,同時に,(コーエンとは違って)ヒュームの懐疑論への応答も重視したことはひとつの皮肉であった.カントは因果律に関するヒュームの懐疑論に応答するにあたって,合理的な方法に訴えざるを得なかった.そこで問題になっていたのは,因果律の発見(事実問題)ではなく正当化(権利問題)であったからだ.ランゲはわれわれの生理学的な機構に因果律が埋め込まれていることを示せばよいと考えたが,それではヒュームを(そしてカントを)納得させることはできなかっただろう.
8. 一元論の限界
『唯物論史』第二版で,ランゲは感覚や意識の説明という問題に立ち返ったが,そこでは彼の世界観と形而上学が展開されている.まず,彼はデュ・ボワ=レイモンの講演「自然認識の限界について」(1872年)を参照しながら,唯物論的な意識の説明は不可能だと論じている.さらに,デュ・ボワ=レイモンを擁護する中で,ランゲは自然的世界と精神的世界の区別を導入した.これら二つの世界は同じ人間や同じ活動によって占められているが,前者においては人間の活動には思考や感情が付与されず,後者においては人間の活動に思考や感情が与えられる.ランゲはこのような考えを,精神的あものと物理的なものは同一の事物の異なる属性であるというスピノザの説に引き付けている.
デュ・ボワ=レイモンは,物質に関する完全な理解が得られれば,現在の科学研究の限界が克服され,思考や感情も理解されるのではないかと推測したが[?],ランゲは逆に,精神に関する十分な理解によって自然世界に対する理解が得られるという可能性を指摘した.このとき観念論と唯物論とは,同じ事物に対する異なる説明様式に過ぎなくなる(そしてこのような方針はシェリングのそれに似ている).だが,ランゲはすぐにこの可能性を否定し,結局,唯物論的であろうと観念論的であろうと,一元論的な説明は不可能であるとの結論に達した.
ランゲはやはり自然主義的な方針が唯一可能なものであるとの姿勢を崩さなかった.ここで彼は精神科学(Geisteswissenschaften)をめぐる論争に言及している.これは後のドロイゼンとディルタイによるものではなく,ミルの道徳科学(これはドイツ語版ではGeisteswissenschaftenと訳された)に関するものである.ミルは,道徳科学における説明は自然科学における説明と原理的に同じであると主張し,ランゲはこれに同意した.ただし,内観にあまりにも信頼を置きすぎているとも注意してはいるが.
ランゲによる自然的世界と精神的世界の区別は,もっと言えば,理念と現実性の区別,価値と存在の区別である.そして,彼が唯物論の限界を見たのも,究極的にはこの区別を超えられないというところであった.真理の世界と価値(Werth)の世界は別のものであり,それぞれ自立している.心理学的探究によって価値の起源を知ることはできるかもしれないが,その目的や意味は,心理学では知ることができないのである.理念と価値はそれ自身として扱う必要がある.この点でランゲの所論は後の西南学派を予感させるものであった.