■Callender, Taking Thermodynamics Too Seriously
Craig Callender, “Taking Thermodynamics Too Seriously,” Studies in the History and Philosophy of Modern Physics, 32 (2001): 539–553.
熱力学が重要な理論であることは疑いないし,そのことは物理学史上,多くの物理学者が認めてきたところである.しかし,統計力学の基礎をめぐる議論においては,多くの人々は熱力学の結果をあまりにも真面目に受け取っており,その結果,深刻な誤謬に陥っているように思われる.以下では,熱力学第二法則,平衡状態,相転移という三つの例においてそのことを示す.
熱力学の第二法則は,文字通りに読むと,「示量的な状態関数 S(A) は,平衡状態についてのみ定義されており,\Delta S \geq \int \delta Q/T を満たす」ということしか言っていない.「熱的に孤立した系のエントロピーは時間とともに単調に増加する」というよくある読み方ですら,「時間とともに単調に増加する」という要素を勝手に読み込んでいる.この路線は,たとえばアンサンブルの使用による第二法則の力学的な導出へと至ったが,それですら,力学系の再帰性を逃れることはできない.問題はアンサンブルの使用ではなく,個別の系の熱的な性質を,何らかの力学的な関数の単調な性質に訴えて説明しようとする態度にあり,もっと言えば,第二法則の主張をあまりにも文字通りに力学の言葉へと翻訳したことになる.「平衡状態においては,エントロピーは非常に長い観測時間にわたって,減少することはない」と言った読み方であれば,さまざまな難点をうまく克服できる.
平衡状態の概念は熱力学においてきわめて重要である.それは,ラフに言えば,「与えられた環境条件のもとで,系は近似的に一定のマクロな性質を持つ.系は,そのような状態にあるときに平衡状態にある」ということである.統計力学はこれを「熱的平衡は,定常な確率分布である」と翻訳する.だが第一に,このような見方は非現実的である.というのは,熱力学的な平衡状態は観測時間と関係付けられているのに対し,統計力学の平衡状態は無限に長い時間にわたっている(もっとも,この点そのものは深刻な問題にはならないだろうが).第二に,先の再帰性反論は,マクロな平衡状態に対応するミクロな状態は存在しないということを含意する.第三に,確率分布そのものについても,非平衡な初期分布から定常な分布へと本当に緩和するのかどうかに問題がある.ここでも,「熱力学的平衡状態が対応するのは,ある観測時間スケールにおいて,系のマクロな性質を近似的に一定のままにするような,ミクロな軌道の特別な集まりである」というような読み替えが有効だろう.
熱力学では,相転移は「関連する熱力学的ポテンシャルの振舞に特異性がある場合に生ずる」と理解されている.統計力学では,「相転移は,熱力学極限において,自由エネルギーが解析的でない場合に生ずる」(分配関数が特異点を持つ)とされている.しかし,統計力学では無限系においてしか相転移が生じない.多くの成功にも関わらず,熱力学極限で無限系を考えることが,つねに現実の有限系のよい近似であるとは限らない.問題は,分配関数に特異点があるときに相転移が生じる,という命題にある.熱力学における特異点を,そのまま統計力学の中に移入することには,別段なんの正当化も存在しない.
マックスウェルの魔,熱力学量のローレンツ変換についても同様の論文が書けるだろう.どちらの場合も,熱力学の法則をあまりにも文字通りに理解している.必要なのは,熱力学の法則を真に文字通りに理解することである.そうしたからといって,熱力学が輝きを失うことはない.