■「古典物理」と「現代物理」——Gooday and Mitchell, Rethinking `Classical physics' (2014)
G. Gooday and D. J. Mitchell, “Rethinking `Classical Physics’”, in The Oxford Handbook of the History of Physics (Oxford: University Press, 2014), Ch. 24.
近年の物理学史家は,「古典物理学」という言葉を分析的用語として用いることを避けているが,このことの含意は十分に検討されていないし,また19世紀後半の歴史を描く際にはいわゆる「現代物理学」が念頭に置かれている.だがそれでは,当時の実験や応用における歴史的連続性を見逃すことになってしまう.
「古典物理学」と「現代物理学」という表現の出自については,ステイリーが詳しい研究を行っている.彼の主張は,それら二つの言葉は1911年のソルヴェイ会議の折にプランクによって同時に造られた,というものだ.しかしプランクが問題にしていたのは,熱力学や電磁気学などの個別的な「古典的理論」と量子論をいかに整合させるかということであり,ステイリーはこれを「古典物理学」全体と混同している.また,ボーアの発言からわかるように,「古典物理学」の崩壊が,同時に「現代物理学」の誕生を意味するのでもないし,「現代物理学」が量子力学と相対性理論を指す言葉として使われるようになったのは,ずいぶんと後のことである.また,プランクによる区別が,ほかの会議参加者によってどの程度共有されたのかも明らかではなく,さらに,量子論とそうでない理論の区別を「古典物理学」と「現代物理学」の区別と重ね合わせていいのかどうかも問題だ.
結局,当時の歴史を書くときに,「古典」「現代」という境界線を明確に引くことは困難なので,代わりとなる分析の道具を求めなければならない.エーテルの存在論的地位,産業と物理学の関係,フランスにおける実験物理学的伝統という三つを例にしよう.エーテルという放棄された理論的対象の存在論的地位は,マイケルソン=モーリーの実験以後も,またいわゆる「現代物理学」たる相対性理論の誕生後も,いやそれら以前においても,決して物理学者たちに共有されていたわけではなった.産業と物理学の関係は,「古典物理学」「現代物理学」の区分ではない,別の区分に沿った物理学の歴史を見せてくれる.特に,実験装置と相対論・量子論の関係は重要だ.さらに,フランスでは実験的実践と現象論的傾向が知的にも制度的にもきわめて強固であり,1930年代までこの傾向は続いた.
「古典物理学」というコトバは20世紀の初頭になってはじめて使われたことに注意すべきである.1900年以前の物理学を「古典物理学」と呼ぶことはアナクロニズムなのだ.エーテル,産業,フランス,という三つの例で,このアナクロニズムを避ける可能性を提示した.「古典物理学」と「現代物理学」は1911年に同時に作られた,というステイリーの主張には疑問の余地があるが,それでも,これら二つの区別の起源について探究を進めることで,そのいっそう一般的な含意についての歴史的問いを立てることが可能になる.特に,「現代物理学」が「古典物理学」との連続性を保ちながら形成されてきたことを考えれば,それはクーン的な科学革命論に対する反論となるだろう.
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