■19世紀ドイツの唯物論の概観——Bayertz et al. (2007)

Kurt Bayertz and Myriam Gerhard and Walter Jaeschke, “Einleitung,” in Weltanschauung, Philosophie und Naturwissenschaft im 19. Jahrhundert, Band 1: Der Materialismus-Streit (Hamburg: Felix Meiner, 2007), 7–21.

19世紀ドイツにおける自然科学と世界観および宗教との関係についての論考を集めた論集の序文.この巻では唯物論を扱う.19世紀に哲学は,自然科学の圧倒的な発達と技術的応用を目の当たりにした.また,自然科学はもとは哲学から生まれたのだが,その認識の様式はまったく異なっていた.そこで,科学に特有の思考法の認識論的分析が問題となった(新カント派,実証主義,経験主義).

哲学から生まれた自然科学,そして唯物論は,哲学を解消しようとしたのみならず,それまで哲学の専売特許だった世界観をも改革しようとした.唯物論は大学のみならず,市民階層や労働者にも波及し,特にドイツで激しさをました.1848年の革命の失敗によって唯物論は勢いを増したが,それは政治的文脈と強固に結びついていた,というのが伝統的な説明である.

19世紀には代表的な三つの論争があった.唯物論論争は,はじめて自然科学的世界観と社会改革プログラムが一般的な興味を引いたという点で重要であり,哲学,宗教,自然科学の関係をめぐった問題設定はここで詳しく論じられた.ダーウィニズムをめぐる論争(1859年)は,時期的にも内容的にも人物的にも唯物論論争の継続である.他方でイグノラビムス論争(1872年)は,科学の全能性を疑問視した論争と言えるが,ここでは科学の認識論的な側面のみが問題になったのだが,それは科学的世界像の可能性を疑問視することでもあった.

唯物論論争は哲学的に「浅薄」と評されることが多く,それゆえ,これまでに出た唯物論についてのほぼ唯一のモノグラフ(Gregory, Scientific Materialism in Nineteenth Century Germany, Dordrecht, 1977)は科学史分野から出たのであった.この論集には,以下の四つの問題群に関する論考を収めている.

  1. 歴史的文脈.1848年の革命に対する反応という唯物論の見方はあやまりではないが,修正を要する.まず,唯物論の出現は1848年よりも前である(フォイエルバッハ,フォークト).革命はこれらの普及や受容を加速したと言える.フランスの実証主義やイギリスの功利主義の隆盛など,欧州全体の状況も重要である.
  2. より広い世界観あるいは文化に関する潮流.モレショット,フォークト,ビュヒナーの3名だけでは不十分で,より広い世界観の潮流を考慮に入れなければならない.政治的な理由で唯物論を自称しなかった者もいる.唯物論とは当時にあっては哲学に限定されない大きな文化的潮流だった.芸術における写実主義や自然主義と唯物論とのつながりは,当時の人々にとっては自明であった.
  3. 哲学的立場としての唯物論を正確に特徴付ける必要がある.また,この時代の唯物論が,唯物論全体の歴史の中でどのような位置付けなのかも問題だ.自然科学に依拠し,哲学を拒絶する態度は,「科学的哲学」とでも特徴付けられよう.また,科学に対する態度を,ほかの哲学的立場と比較する必要がある.
  4. 唯物論の影響.新カント派や論理経験主義者との関係は見過すことはできない.

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Written on November 16, 2017.