■ファインマン・ダイアグラムの拡散 (10)——Kaiser 2005

David Kaiser, Drawing Theories Apart: The Dispersion of Feynman Diagrams in Postwar Physics (Chicago: The University of Chicago Press, 2005), Ch. 10.

結論部.おもな主張はすでに第1章で論じられているので,ここでは簡単にまとめておく.ファインマン・ダイアグラムとは別に,ポーキングホーンによる「デュアル・ダイアグラム」もあり,これはキルヒホッフの電気回路と似ていたためにより習得しやすいという利点があったが,結局あまり使われなかった.記憶法とみなされていたファインマン・ダイアグラムは,核乳剤法や泡箱による写真に認められる素粒子の崩壊過程と著しい類似性を示したため,「現実の」粒子と過程を表すものと受け止められるようになった.これがデュアル・ダイアグラムにはない,ファインマン・ダイアグラムの魅力だった.

かつてピカリングは,いくら探してもクォークそのものを史料の中に見つけることはできはしないと述べたが,同様に,われわれはいくら探しても理論そのものを史料の中に見つけることはできない.だから,歴史分析のために理論構築と理論選択という枠組みを用いることは避けるべきだ.実際に見られるのは計算道具あるいは「ペーパー・ツール」である.論理実証主義的な理論観にも,反論理実証主義的な理論観にも,さらにはその後のモデルを中心とした科学哲学にもあてはまらない.第二次大戦後のアメリカの物理学に関する限り,科学哲学者が期待するような「理論」はないと言ってよい.クーンのパラダイム概念が多義的であることから批判され,そのことについてクーンは反省の弁を述べているが,とくに世界観としてのパラダイムに由来する科学の実践を特権化したことは,クーンの反省とは違う意味で,物理の現代史の描像をぼかしてしまった.

ファインマン・ダイアグラムは,現在ではもはや日常的な道具となっているが,このことによってその歴史性や,普及を助けたさまざまな教育的仕掛けが失われてしまった.だが,ファインマン・ダイアグラムもそれを使う物理学者も自然界に転がっているのではなく,教育的なプロセスの中でつくられたものなのである.

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Written on February 15, 2019.