■ファインマン・ダイアグラムと教育——Kaiser 2005

D. Kaiser, “Making Tools Travel: Pedagogy and the Transfer of Skills in Postwar Theoretical Physics,” in Pedagogy and the Practice of Science: Historical and Contemporary Perspectives, ed. D. Kaiser (Cambridge, Mass.: The MIT Press, 2005), 41–74.

科学史における教育の諸相を扱う論集の一論考.1940年代後半に登場したファインマン・ダイアグラムは,さまざまな改変を受けながら,物理学者が世界を見る方法を変えた.それは実践的な計算テクニックではあるが,そのようなテクニックこそが研究者の毎日の仕事における実践をよく表している.ファインマン・ダイアグラムはどうして急速に普及したのか?1940年代後半から1960年代にかけて何のためにそれは使われたのか?どうしてそれは広い応用範囲にわたって頑固に使われ続けたのだろうか?

ファインマン・ダイアグラムの場合は,ツールとユーザー双方の形成を追跡する必要がある.というのも,ファインマン・ダイアグラムは単なる紙の上に書かれた表現ではなく,解釈なしには何もできない表現であり,その習熟には訓練が必要だからだ.その歴史は三つの教訓を教えてくれる.ファインマン・ダイアグラムは,ダイソンによってhow-to形式の計算ルールを整えられたが,そのユーザーは,たいていは大学院あるいはプリンストン高等研究所でのポスドク時代の知り合い関係のネットワークにおり,そこからアメリカ各地に散っていった.顔をつきあわせての個人的な接触が重要な要素であったこと,ここにある種の教育という過程がはたらいていたことは間違いない.他方で,実際の物理学者の用法をみると,この単純なカスケードモデルは地域性によって補強する必要がでてくる.というのも,コーネル,コロンビア,ロチェスター,バークリーなど,それぞれの地域で物理学者たちは同じファインマン・ダイアグラムを異なる目的のために使用し,その過程ではダイアグラム自体にかなりの改変が加えられたからだ.ダイアグラムどうしの類似性には,教える側と教えられる側の関係が見て取れる.最後に,ファインマン・ダイアグラムが使用され続けたのは,ひとつには既知の他の視覚的な方法(ミンコフスキー時空の図など)との類似性のためであると考えられる.時空を表す図式的な方法は,すでに物理学者にとってはなじみのものとなっていた.

Written on August 22, 2018.