■科学史における教科書の重要性——Kaiser 2005
D. Kaiser, “Moving Pedagogy from the Periphery to the Center,” in Pedagogy and the Practice of Science: Historical and Contemporary Perspectives, ed. D. Kaiser (Cambridge, Mass.: The MIT Press, 2005), 1–8.
科学史における教育の諸相を扱う論集の導入部.科学者は生まれながらのものではなく,作られるものである.科学者が作られる過程には,時代や地域ごとの特徴が刻まれている.科学の発展を問うとき教育という問題はこれまで周縁に追いやられていた.この論集ではそれを論ずるという.
科学論・科学史では,実際には,クーンが学生が科学者になるために必要な教育を重要視していた(もともと「パラダイム」は当該分野の研究に習熟するための典型的な問題を論ずるために導入された概念)し,ポラーニも「暗黙知」や修行の重要性を強調していた.しかし彼らは,この線に沿った具体的な歴史研究は残さず,また最近の科学論は実践を重んじたにもかかわらず教育を見落としていた.だが,先端的な科学者のケーススタディからは,新しい技術やスキルへの習熟が難しいという悩みが見える.教育・訓練という問題が存在すること,その実践が問われるべきであることは明らかだ.
他方で,科学者共同体における規範や価値をめぐる研究のトレンドも見逃せない.ここにも教育という問題が絡んでいるのだ.若き科学者は科学者になるために訓練されなければならないが,そこでは科学者になるとはどういうことかという問いが関わっている.このような規範が出現するプロセスのうちのひとつが教育・訓練である.新世代の教育には,つねに規範,価値,ペルソナが隠れている.
教育が重要というのは自明の理であるから,そのままでは歴史的な説明力を持たせられない.さらに,「教育決定論」も避けなくてはならない.この本では特定の訓練と科学の実践との関係を探る.特定の研究スタイルが関連づけられるような教育機関・教育の仕組みは存在するだろうか.本当に教育の形式が科学の内容に影響を与えるだろうか.このような問いからすれば,教育とは教室の中だけでなく,より広く,科学者になるために若者が受ける訓練全般を指すようになる.この論集では,大まかに言えば,どのようにスキルや実践が科学者に伝達されるかという問題と,どのように役割や規範や価値が新しい世代に植え付けられるかという問題が扱われる.