■教科書たちの隠れた生命——Vicedo 2012
Marga Vicedo, “Introduction: The Secret Lives of Textbooks,” Isis 103 (2012): 83–87.
科学史における教科書の役割を再検討する特集のイントロダクション.科学の発展に関する「標準的な見解」(誰もこれを単純な形では受け入れてはいないだろうが)によれば,教科書は科学研究の結果生み出された知識の受け皿ではあり,共有された知識を学生に「吹き込む」(クーン)ものではあるが,さらなる創造の源とはならない.このような「トリクル・ダウン」モデルは最近になって厳しく批判されている.教科書は真剣な科学史研究の対象になるのだ.箇条書きすれば,(1) 教育的実践における役割,(2) 科学における新しい分野の形成への寄与,(3) さまざまなアイディアの発展,(4) 当該分野の認識論的関心,(5) 先取権争いにおける使用法,(6) 科学の社会的文脈の影響などの論点が歴史的資料としての教科書には見出せる.
この特集では,Gordinが周縁的なロシア語から中心的なドイツ語への化学教科書の翻訳を検討することを通じて,国際的な認知のために教科書が重要だったこと,普通の意味での中心と周縁というモデルは維持できないことを示す.Shapiroはアメリカにおける教育機関がいかにして教科書執筆をコントロールし,若手科学者に影響を与えたかを論ずる.Vicedoは,1950年代から70年代の心理学の教科書を検討することで,本当に教科書は科学の発展に寄与しないのかを問う.Kaiserは,1970年代の2冊の物理学の教科書を通じて,専門家向け・一般向けというような読者層の切り分けがうまくできない事例を扱う.
教科書を研究することで,科学史研究に貢献しうる.たとえば,認識論の歴史に対しては,教科書における結果の提示法,研究方法など,ギャリソンのいう「議論と証明のツールキット」という観点から寄与しうる.また,科学の大衆化の問題に対しては,教科書の読者は専門課程の学生だけではなく,専門家向けと一般向けとでは異なる影響を与えることを考慮することが役に立つ.
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