■統計と前期量子論 (1) ——Darrigol 1988
O. Darrigol, “Statistics and Combinatorics in Early Quantum Theory,” Historical Studies in the Physical and Biological Sciences 19 (1988): 17–80.
前期量子論の発展における統計熱力学の役割を検討した,いまや古典となっている論文の第一部.20世紀初頭には「標準的な」統計熱力学は存在しておらず,ミクロとマクロの関係はきわめて多様な仕方で理解されていた.このことが,ミクロなモデルの性質とミクロ世界に関する見解の相違につながった.この点に関しては,プランクの見解がもっとも奇妙である.プランクはボルツマンの「状態の確率」を「要素混沌」の測度とみなしたが,「要素混沌」はミクロなモデルから熱力学的でない振舞いを取り除くような概念であり,統計的なものではなかった.これは,彼の言う「ボルツマンの確率」というものが,実のところ確率ではなかった(組合せの数だった)という事情によって可能になった.アインシュタインはこの点を衝き,熱力学的確率を物理的定義によって定式化した.これにより,マクロな平衡状態におけるゆらぎを見ることも可能になった.これに続く黒体放射の研究によって,エネルギーの非連続性が徐々に明るみに引き出されたが,プランクはそれでも熱力学の絶対性を放棄しなかった.
統計的手法の多様性は,非連続性がどこに存在するかということにも見解の相違を生み出した.アインシュタインは積極的に,空間的に局在化した光量子を導入したが,プランクは可能な限り非連続性を避けようとした.アインシュタインによれば,ミクロな力学はマクロな状態を完全に決定し,逆に熱力学はミクロなモデルの構造と力学についての情報を提供する.このような態度により,アインシュタインは電磁気学が原子的スケールでは破れること,それゆえ必然的に自然界には非連続性が存在することを結論できた.他方でプランクにおいては,ミクロなモデルは部分的にしか知ることができないもので,要素混沌の仮説と組み合わせてのみ熱力学的法則を決めることができる.これはエントロピー則の統計性を避けるためであり,またそれゆえにこそ,電磁気学の基本的な構造に手を入れることなくエネルギー要素を導入することに成功したのだった.プランクもローレンツも,アインシュタインの光量子をどう扱うべきかに非常に悩み,マクスウェルの方程式を可能な限り保持すべきであるとの方針を堅持したが,最終的に1910年代には[?]アインシュタイン的な理解が優勢を占めるようになった.
これらの事情は,純粋な帰納でも純粋な演繹でもない,理論物理学の方法を表している.この場合では,理論家たちはミクロからマクロを導くために統計熱力学という「超理論」を用いている.これは純粋な帰納ではない.「マクロな経験」なるものが確証済みのマクロな理論の観点から報告されるのみならず,これに関わる推論方法が,ミクロ世界の構造を一意に決めるようなものではまったくないからだ.アインシュタインとプランクはそれぞれ革新と保守を代表しており,ミクロ世界の構造(とくにエネルギーの非連続性)について同意が取れたのは,ローレンツによって統計的手法の共通の土台が築かれてからだった.