■ザックールの量子理想気体理論——Badino and Friedrich (2013)

M. Badino and B. Friedrich, “Putting the Quantum to Work: Otto Sackur’s Pioneering Exploits in the Quantum Theory of Gases”, in S. Katzir, C. Lehner, and J. Renn (eds.), Traditions and Transformations in the History of Quantum Physics (Berlin: Edition Open Access, 2013), Ch. 3.

放射と比熱の問題からその重要性を増した量子仮説が理想気体に適用されるのは,実はそれほど自明なプロセスではなかった.というのも,量子仮説はもともと周期的な系に適用されていたし,また実験的にも量子仮説を理想気体まで適用するモチベーションがなかったのである.だから,最初に理想気体に量子論を適用したのが,プランクやアインシュタインといった専門家ではなく,ザックール(Otto Sackur, 1880–1914)という周縁部の人物であり,その問題意識が化学平衡という周縁的な問題から来ていたのは驚くにあたらない.しかも,彼は量子論をあくまでも道具とみなし,あくまでも実用主義的な態度で臨んでいた.基礎的な問題への関心を持たなかったがゆえに,彼の理論にはいくらかルーズなところがあったが,それがかえって進歩をもたらすことにも貢献し,結局はプランクによる量子気体の理論へとつながったのだった.

ザックールのケーススタディから分かるのは,当時の量子物理学者のあいだで,量子仮説が意味していたところはさまざまに異なっていた,ということだ.それは例えば,アインシュタインは放射の理論から,ネルンストは熱定理の妥当性から,そしてザックールは物理化学的な背景から量子仮説にアプローチしたという,動機の違いによっている.ザックールは特に,古典的な統計的テクニックと,量子との連続性を強調していた.また,ザックールのスタイルは,プランク,アインシュタイン,ボーアらとのそれとは異なり,あくまでも具体的な問題に関する考察を軸としており,量子仮説を問題を解くための道具とみなしていた.

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Written on September 3, 2017.