■粒子の統計的独立性,交換対称性,不可識別性——Monaldi (2009)

Daniela Monaldi, “A Note on the Prehistory of Indistinguishable Particles”, Studies in History and Philosophy of Modern Physics 40 (2009): 383–394.

古典統計と量子統計の分かれ目として粒子の不可識別性が挙げられることが多い.しかし歴史的には,それは二つのまったく異なる起源を持つ.ひとつは光量子の統計的相関,もうひとつは量子理想気体の分子の交換対称性である.今日ではこの二つの性質は不可識別性の帰結であるが,そのことはボース・アインシュタイン統計が定式化されてもなかなか認識されなかった.

プランクが黒体放射の法則を導くときに,すでに不可識別性が現れているとの見方がある.しかしそれは誤りである.彼はたしかに気体と放射のアナロジーを用いながらエネルギー要素の共鳴子への分配に関する組み合わせ数を考えたが,そこで気体分子に対応する共鳴子自身は,ボルツマンの組み合わせ論における気体分子と同様に,識別可能であるとみなされていた.確率をエネルギーで書くことが必要になったときに,はじめて「識別不可能」なエネルギー要素の形で書いているだけであって,それは数学的な補助に過ぎなかったのである.その後,アインシュタインはプランクとは異なるエネルギー要素の理解を示しつつ,光量子論との関連を示唆し(1906年),またデバイとエーレンフェストによる放射則の新しい導出によってエネルギー量子が放射のエネルギーの単位であることが示されたが(1910年),エネルギー量子の統計的な性質に変更が加えられることはなかった.他方でアインシュタインの光量子論は,光量子に気体分子と同様の役割を付与しており(1905年),また光の波動性と粒子性を明らかにしたが(1909年),光量子の波動的側面を認めることは光量子のあいだの独立性を失わせることであると気付いていたようだ.エーレンフェストらは,光量子の相互の非独立性がプランクの放射則を導く際に鍵となっていることを明示的にした.

理想気体の量子論では,エントロピーの示量性に関する問題で分子の交換対称性が問題となった.既に1902年にギブスは同種粒子の交換の可能性について考察していたが,これを不可識別性の起源とみなすことはできない.やがて放射の理論が成功するとともに,量子理想気体の理論が焦点となり,ボルツマンの原理によって絶対エントロピーの決定を可能にするようなプログラムが始まった.しかしそうすると,エントロピーに示量性を持たせるためにつけくわえる項に物理的な意味を与えなければならない.この問題に取り組んだのはテトローデであり,彼とザックールのエントロピー表式は高温域では経験的な成功を収めた.プランクもこれに続き,量子と絶対エントロピーのあいだに関係があるという考えから,『熱輻射論』第4版(1921)では交換対称性と非独立性の考察をギブスの方法を用いて行ったが,しかしどちらの概念も明確になっているとは言い難い.

1924年に始まるボース・アインシュタイン統計では,創始者自身が粒子の不可識別性を認識していたわけではない.ボース自身としては,ボルツマン統計と同じことを光量子に関して行っているつもりであった(結果的には光量子をプランクがエネルギー要素にしたのと同じように扱っていたのだが).アインシュタインはこれを見て,(それまでの放射理論とは逆に)気体分子を光量子のように扱おうと試みた.第一論文の時点では,アインシュタインはまだその含意を十分に汲み取っていないように思われる.エーレンフェストはこの論文に対して,量子あるいは分子が統計的に独立な対象として扱われていないと反対したが,アインシュタインはそれに応じて,むしろそれこそが新しい統計の源となることを指摘した.新しい統計はどれだけの分子が位相空間のそれぞれのセルにあるかを問い,独立性を認める古い統計は位相空間のどのセルにそれぞれの分子があるかを問う.しかし注意すべきは,これは粒子の不可識別性ではないということである.アインシュタインにとって粒子の独立性の喪失は,それら粒子のあいだでの相互作用を表す徴候でもあった.

新しい統計における統計的(非)独立性と交換対称性との関係に向かって踏み出したのはシュレーディンガーであり,彼はプランク流の理解に対して批判を試みたが,アインシュタインの理解にも満足していなかった.彼の考えでは,ボルツマン統計であっても,気体分子を波動の系として放射と同様に考えれば,デバイがプランク則を成功裏に得たように,アインシュタインの気体論が得られるのではないかと思われた.シュレーディンガーはたしかにこの議論のなかで交換対称性と統計的(非)独立性,そして新しい量子統計の規則のあいだの関係をつけたが,この規則を新しい統計の基礎とすることには反対した.通常の物理的対象をラジカルに改変してでも,古い統計的対象の古いモデルを保存しようとした.

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Written on August 29, 2017.