■アインシュタインの第三の量子理想気体理論——Pérez and Sauer (2010)
Enric Pérez and Tilman Sauer, “Einstein’s Quantum Theory of the Monatomic Ideal Gas: Non-Statistical Arguments for a New Statistics”, Archive for History of Exact Sciences 64 (2010): 561–612.
1924年から25年にかけてアインシュタインは,量子理想気体に関して3本の論文を出版した.第一論文は1924年7月10日発表,同年9月20日出版,第二論文は1924年12月署名,1925年1月8日発表,同年2月9日出版,第三論文は1925年1月29日発表,同年3月5日出版である.このうち最初の2本にこれまでの歴史的分析は集中してきた(新しい統計,ゆらぎの分析,ボース・アインシュタイン凝縮など)が,熱力学的手法の採用などを鑑みれば,最後のものも分析に値する.さらに,モナルディが主張したように,最初の2本の論文でボースもアインシュタインも新しい統計の含意に十分に気付いていなかったとするのは行き過ぎであるが,アインシュタインが新しい統計の意義に気付いたのは最初の論文と2本目の論文のあいだであり,またエーレンフェストが批判を加えてきたのもまさにその含意のゆえであった.そこで,アインシュタインの3本目の論文と,それに先立つ半年間に起きたことを検討する.
最初の2本の論文ではアインシュタインは,ボースによる黒体放射の法則の新しい導出方法から始まって,低温での凝縮現象を予言した.このときに彼は,放射と気体分子のあいだのアナロジーに依拠するとともに,光量子が統計的な独立性を失うような,新しい統計の方法を採用していた.しかし,粒子が統計的な独立性を失うことに対しては,ハルパーンとエーレンフェストから批判があり,その含意をよく検討することが求められた.第三論文はエーレンフェストへの応答と見ることができる.そして実際,この論文は,形式上からも最初の二論文からは独立している.第三論文は,光量子と気体分子のあいだのアナロジーに依拠しながら,放射と気体に関して断熱変化に関する考察と次元解析を適用して,保存力下の量子理想気体に関する分布則を求めた.だがここでは,いわゆるボース・アインシュタイン統計は使われなかった.このことは,後のアインシュタインの量子論に対する懐疑の始まりと見ることもできよう.
ところが,実際に周囲の物理学者が着目したのは,第一論文と第二論文のほうであって,第三論文に対してはほとんど言及がなされなかった.スメーケル,ヨルダン,プランク,シュレーディンガーらが言及はしているが,深い議論はされなかった.いずれにせよ,第三論文への言及がほとんど見られないことは,新しい統計の使用に関して,ほとんどだれも心配していなかったことを示唆している.統計物理に対するアインシュタインの実質的に最後の論文だった第三論文が忘れられたのはもっともなことである.なお,エーレンフェストとアインシュタインは,粒子の「統計的独立性」については語るが,「不可識別性」とは言わないことに注意されたい.